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[前略プロフ]
最終更新日:07/12/09
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なんのために生まれてきたのか。
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- 【HN】
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なんのために生まれてきたのか。
- 【HNの由来】
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人間ほど、弱いものはない。動物は、本能だけで生きてるが、人間はそうはいかない。いろんな煩悩がある。悩みがあり、希望があり、苦しみがあり、悲しみがあり,・・・つねに変化している。
仏法では、その生命状態の変化を
「十界論」(生命状態を大きく10に分けた世界)にまとめている。
- 【性別】
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【地獄界】(苦しみ:個人においては絶望、国家においては戦争など。どうしようもない苦悩に“しばられている”境涯。)
【餓鬼界】(むさぼり:欲望がおさえられない境涯。“あれが欲しい、これが欲しい”)
【畜生界】(愚か:理性がきかない本能的な生き方。“この世は弱肉強食”犯罪。いじめ)
【修羅界】(勝他の念:だれかに勝っていたい境涯。嫉妬。劣等感。優越感。)
- 【誕生日】
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【人界】(おだやか:人間らしい安穏な境涯。幸せ、優しさ、思いやり、共存)
【天界】(喜び:天にも昇る喜びの境涯。受験合格、結婚、宝くじ当選など。一時的なはかない喜び)
以上の6つの境涯が、
日々の生活のなかでグルグル回っている状態を「六道輪廻」と呼ぶ。
- 【星座】
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残りの4つ。
【声聞界・縁覚界】(向上心旺盛、精神的喜び、“学ばずは、卑し”)
【菩薩界】(自分よりも他者の幸福を願う境涯。自己犠牲の精神。大我。歴史人物でいうと、ガンジーなど。人間がもつもっとも美しい境涯)
【仏界】(宇宙の森羅万象をつらぬく真理に目覚めた最高の境涯。“生きていること自体が、楽しくて楽しくて仕方ない” 絶対的幸福。不動の幸福境涯。菩薩界の根源。生も死も歓喜。釈尊や日蓮大聖人が至った大境涯)
仏界を除く9つの境涯は、だれにでも経験がある。しかし、仏界はなかなか出にくい
- 【血液型】
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ちょっとのことで落ち込んだり、悩みこんだりする人は「地獄界」の傾向がある。
また、他者に対して“負けず嫌い”であったり、すぐ嫉妬したりする人は「修羅界」の傾向がある。あるいは、ガンジーのように、つねに自分よりも他者を重んずるような人は「菩薩界」の人であり、仏界にも近いといわれる。
このように、つねに変化するといっても、生命の底では、それぞれの人間に、10界のうちどれかの“傾向性”が含まれている。それを「基底部」と呼ぶ。
この基底部で、人生の方向性、すべてが決まる。
- 【前世】
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生命は、「一回かぎり」か?それとも生と死と繰り返し「永遠に続く」のか?
これだけ科学が進歩しても、
どちらの証明もできない。死の問題に対しては、科学はまったく無力であり、死後があるとかないとか断言する資格はみじんもない。
生と死という、人生の根本課題について、口をはさむ資格があるのは、宗教だけだ。
- 【住んでいるところ】
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キリスト教によれば、死後、神様の裁判を受け、その判決によって、天国か地獄かが決まる。また、念仏宗によれば、「南無阿弥陀仏」を唱えれば、死後は極楽浄土に生けるらしい。
本当なのか?根拠はあるのか?
もちろん、 「あるわけがない」
あるわけがないのに、苦しい今世(現在の人生)をあきらめて、来世(次の人生)において幸福になろうという思想で、これまで日本中の民衆、日本中の権力者、日本中の青年男女がだまされ続け、不幸の底に落ちてきた。
- 【生まれたところ】
-
その悲劇は、現在も続いている。
オカルト教義に騙され、金をむさぼられ、ひどい場合になると、教祖という「架空の尊厳」に酔って、人生をメチャクチャに壊される人たちがいる。なんという、哀れなことだろうか…。
また、そういう種の宗教は、権力者やメディアと手を組んで、「正しいことをしている人」を陥れようとする。
その構図を断罪し、巨大な権力に対して立ち向かった宗教者が、日本にいた。
何度も苦難を乗り越え、生き続け、法華経を広め続けた人がいた。
それこそ、「日蓮大聖人」であられた。
- 【職業】
-
死を覚悟しなければならないような迫害の連続。流罪。そんな苦闘のなかで、「大いに悦ばし」と微笑まれた大境涯の日蓮大聖人さま。大聖人は、人類に「宿命転換」の法を、人類に「絶対に幸福になれる法」を説かれた。
- 【学年】
-
どんなに苦しくても
「乗り越えられない悩み」はない。
変毒為薬。=毒を変じて薬と為す。
苦しみという「毒」を、幸福という「薬」に変える力が、仏法にある。
煩悩即菩提。
煩悩とは、「悩み」。菩提とは、「幸福」。両者は、ふつうは反対であり、バラバラだ。しかし、大聖人の仏法では、そうでない。煩悩という「薪」(たきぎ)を題目(南無妙法蓮華経)の炎によって燃やし、はじめて「幸福」の光が得られると説く。
つまり、
一番苦しんだ人が、一番幸福になる。
一番悩んだ人が、一番偉大な人生になっていくのだ。
- 【絡むーちょ】
-
「民衆救済」のために、絶対に一歩も足を止めなかった日蓮大聖人。叫ぶことをやめなかった。権力者と結びつく臆病な邪教の坊主に対しては「鬼」のごとく破折し、庶民に対しては「父」のごとく慈愛深く接した。「ひとりの人間」を大切に大切にされた。「ひとりの人間」の幸福を、強く願われた。その大聖人の魂を現代に復活させたのが、日本で起こった創価学会だ。
- 【似ている芸能人】
-
創価学会。
批判と非難と迫害の嵐のなかを疾風のごとく駆け抜け、拡大の波を全国・全世界に広げ、いまや社会的影響力もとどまるところを知らぬようになった「大発展」の「教団である。歴代会長は、初代牧口恒三郎会長(治安維持法により、逮捕。獄死)
二代戸田城聖会長(初代会長とともに牢獄。壊滅状況の創価学会を再建し、75万世帯にまで拡大)三代池田大作名誉会長(世界創価学会<SGI>を発足させた。)
- 【身長】
-
牧口恒三郎先生。
日蓮大聖人の仏法に帰依した校長先生。
当時の日本は軍国の時代。戦争に熱気が高まっている興奮状態のなかで、牧口先生はひどく嘆かれた。かわいい子供たちの未来のことを思うと「気が狂うほど」までに心配された。戦争は、絶対に許さぬ!「教育は、子供たちの幸福が目的だ」と叫ばれた
そんな強く、優しい先生が、日蓮大聖人の仏法に基づく「教育改革」を目的として、
創価教育学会という勉強会を発足させた。
- 【体重】
-
二代会長戸田城聖先生。
牧口先生の弟子であり、教師であった。
明るく、豪放な性格。師匠である牧口先生をこよなく慕っていた。治安維持法により、2年間の牢獄生活のなかで、法華経を読み説く。「我、地湧の菩薩なり」「仏とは、生命なり」と悟る。 極度の栄養失調で、片目は失明していた。その状況のなかで、創価学会を75万世帯に拡大し、広宣流布(仏法の流布)の理想をすべて弟子である池田大作青年に託す。
- 【足のサイズ】
-
三代会長池田大作先生
戦争によって長兄を失い、家族を悲しみのどん底に落とした。五男であり、体が非常に弱く(当時は23歳までしか生きられないと言われていた)病弱であったために、
楽しみといえば、読書であった。戦争が終わったあとも、乾ききった心を満たそうと、あらゆる書物をむさぼるように読んだ。「生きる意味」を求めていた。
また、宗教が嫌いであった。国家神道にうらぎられた青年の怒りとして、宗教否定の立場にあったが、ある友人からの誘いで、戸田城聖先生と出会い、感動し、弟子入りする。
- 【手の長さ】
-
戦争によって深い傷跡を残した病弱な19歳の池田青年。彼は、一体、なにを学んだのか。仏法の指導者である戸田城聖という紳士から、なにを受け継いだのか。
それは、「絶対に幸福になれる法」であった。宇宙と人間をつらぬく永遠の法。
これを全人類に開かせていくという「人間革命」の思想であった。
著書「人間革命」より、
【一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換を成し遂げ、さらには全人類の宿命の転換をも可能にする】
- 【趣味】
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「この世からありとあらゆる『悲惨』の二字を消したい」 戸田城聖。
彼も、悲しみのどん底をなめた人生であった。信仰する前は、愛する妻、愛する娘を亡くした。自分の死も見つめざるをえなかった。偉大な師匠である牧口先生とともに勇んで牢獄の道へ入った。
そのあとも、獄死の知らせをきいて、ひどく悲しまれていた。日本は、壊滅した。同時に、日本人の心も無気力と化していた。
絶望とどん底と死ととなり合わせのなかで、民衆救済を誓った紳士であった。
- 【特技】
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「この仏法は、どんな苦しみも解決できるのか?」
「もちろんです。例外なく、一人残らず、絶対に、100%、確実に幸福になれます。」との返答。
おなじ母の中から生まれた人間であるのに、それぞれの境遇はあまりにも「ちがいすぎる」。
豊かな地に生まれる子あれば、貧しい地に生まれる子もある。健康、あるいは病弱。
努力しても、報われない人がいる。
この違いは、どこから、くるのか?
どうして、世の中は、人間は、ここまで「不平等」に満ちてるのか。「差別」に満ちてるのか
- 【握力】
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宝くじを連続して当てる人がいるが、この現象を単なる「偶然」の一言にすませるには、あまりにも無理がある。そうです。人間は、命のなかに「運」を秘めている。不運もあれば、福運もある。
それは、「永遠の生命」のなかで、過去世(前世)で、その原因をつくったことにある。金持ちになる原因、あるいは貧乏になる原因。今、うつ病の宿命をもってる人は、過去世において、それ相応の悪業を積んできたということができる。
- 【髪型】
-
「そんなの嘘だ」と思う人がいるかもしれない。しかし、考えてみてほしい。この世には、目には見えないけれど、実在するものがある。電波は、目には見えない。重さもないし、匂いもない。空気全体に溶け込んでいる。宇宙全体に広がっている。それでいて、永遠不滅である。無にならない。
生命もおなじように、全宇宙に溶け込みながら、個性を連続させている。生は「顕在化」した生命、死は「潜在化」している生命。
- 【口癖】
-
目には見えないが、その生命のなかに、宿命をもっている。逃れられない宿命、つまり「運命」というものが刻まれている。
生まれながらにして、ほぼ決定されている。今日まで、その運命に翻弄されゆくのが、人間の姿であった。個人においても、国家においても。
しかし、日蓮仏法では、そうではない。
どんなに重い運命を背負いっていても、
「すべてを転換する法」である。「あきらめる必要のない法」である。「絶対に幸福になれる法」である。たとえ、その人がいかなる境遇にあろうとも。
- 【性格】
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たとえ、不治の病であろうと、借金が10億円あろうと、自殺願望に支配されてる心であろうと、絶望の底をさまよう人間不信者であろうと、その人が「人間」であるかぎり、絶対に幸福は実現できるのだ、と命をおしまず叫び続け、語り続け、心に希望を灯していったのが仏法者だ。
人間であるかぎり、仏界(絶対的幸福)がある。見えないだけで、しっかりと実在している。おくのおくに、無限の希望、福徳と知恵のかたまりが秘められている。
それを引き出すのが、日蓮仏法と言える。
- 【嗜好品】
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運命を変える。宿命に勝つ。そして、絶対にゆるぎない幸福を打ち立てる。
願いをすべて実現させていく力をもつ。
これが、仏法の目的。
なんのために生まれてきたのか?
それは「勝つ」ためといえる。「自由」になるためともいえる。
生きていれば、どうせ一生、悩む。いろんな壁にぶつかる。山をこえなければならない。ときには、涙を流すときもある。嵐に出会うときもある。そんな苦しみだらけの道を、ぜんぶ自分の思い通り、願ったどおり、描いたとおり、祈ったとおりに実現していくのが、仏法。
- 【持っている資格】
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創価学会員のなかには、そういう人が無数にいる。末期がんを克服した人、失明した目をもとに戻した人、不治の病を乗り越えた人など、いずれも医者が見離した病気を、医学ではかりしれない「生命力」で病に勝った事実がたくさんある。また、食っていけないような貧乏だった人が、信仰によって今では悠悠と世界を回れる境涯になった人もいる。
利己主義にこりかたまった人が、人の幸福を祈れるように人間革命した人もいる。
- 【使っている携帯電話】
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そうだ。だから、正しい信仰とは、「観念をさまよう」ことではない。死後の話だけをすることではない。根拠のない話をすることではない。
戸田先生は語った。
「信仰して、生活が変わらないなら、やっても無駄だよ」と。「『今・ここで』あなたが幸福にならないなら、なんのための信仰か」
変わらなければ、意味がない。
幸福にならなければ、意味がない。
どんなに深い苦しみも、幸福に変えていく。人間革命と宿命転換を現実のうえで実践、実現してきたのは創価学会以外に断じてない。
- 【好きな男性のタイプ】
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南無妙法蓮華経(題目)をご本尊様のまえで唱えるだけで自分の生命の「濁り」が清められていく。「罪」が滅びてゆく。そして、無限の希望を湧き出だしていける。
万人が、題目をとなえた瞬間に、仏界の大歓喜を味わえる。
たとえば、宮沢賢治ははじめて題目を唱えたとき、「心の底から歓喜がわいてきた」という感動を語り、「どうしてこんなすごい信仰が広まらないのか」と回想しています。また、民衆の大指導者であるガンジーも、題目の重要性を語り、自らの修行に取り入れていたことも、驚くべき事実です。
- 【好きな女性のタイプ】
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そう。南無妙法蓮華経とは、大宇宙の「勝利のリズム」「幸福のリズム」なのだ。
その大宇宙のギアに、自分の生命をかみ合わせることによって、無限の希望、幸福をわきいだしていける。どんな悩みも解決できる生命力と知恵と福運を発揮していける。悩んでいる人には、「元気のもと」となり、病気の人には「薬」となる。優しさも、正義も、生命力も、福運も、この題目にぜんぶ含まれている。
- 【好きな言葉】
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日蓮仏法の信仰とは、人類の最高、最大の「権利」だ。絶対に幸せになれる法法を発明されたのが、大聖人さまであられる。
しかし、現実は「日蓮」を名乗る教団はたくさんある。問題は、「どこの」団体が、本物なのか。「どこの」団体が、偽者なのか。ここを間違えるだけで、幸福か地獄かの軌道が決まってしまう。
- 【好きな芸能人】
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「祈る」とは、なんだろうか。
古来、人間は、大自然に向かって、手を合わせてきた。無宗教を称する人でも、心のなかでなにか祈ってる。「良い成績をとりたい」「主人が健康でいてもらいたい」。
決意や願望も、形を変えた祈りです。
「祈る」というのは、人間の本能です。動物にはない。祈りから、宗教が生まれたのであって、宗教から祈りが生まれたのではない。
- 【好きな食べ物】
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イギリスの天文学者ホイル卿は語った。
「人間の『祈る』という行為の本質は、大宇宙に自分のメッセージを送り、その返事に耳をすませることである」と。
人間は、「小さな宇宙」と呼ばれる。人間のなかに、銀河もある。太陽もある。すべてが含まれている。無限の可能性も。
そして、その人間の人生が、宇宙と深くむすびついていることを多くの人が知らない。
- 【嫌いな食べ物】
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人間とは、なんだろうか。
私たちは、「どこから来て」、そして「どこへ行くのだろうか」。漆黒の大宇宙のに浮かぶ地球という惑星に生を受け、今という時代により出現した「わが命」は、何者か。
それは、偶然によって発生したのか。それとも、「宇宙がわざわざつくった」のか?
また、「自分自身が決めて」生まれてきたのか。死んだら、自分は、本当にあとかたもなく「消えて」しまうのか?
- 【好きな飲み物】
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その答えは、仏法のなかにある。
科学の「か」の字も発達していなかったであろう大昔に、仏が、真理を明らかにした。科学が発達した現代において、過去における仏が説いた真理が次々と明らかにされている。これは、すごいことだ。
仏法には、絶対に間違いはない。
私たちは、生と死を繰り返す。ときに、宇宙に溶け込んだり、また人間として生まれるなどの顕在化したり、形を変えて、この宇宙を永遠不滅の生命として溶け込んでいく。いわば、人間とは「宇宙の旅人」なのだ。
- 【嫌いな飲み物】
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そして、この一生で、正しい仏法に出会った。それは、奇跡である。これからの未来、死後の彼方まで、「絶対的幸福の軌道」を築けるチャンスを得たことになる。
世間は知らない。知る人ぞ、知る。
仏法は、絶対に絶対に正しい。絶対に幸福になれる。いかなる反宗教者、あるいは無宗教者と自称する人たちが、創価学会の信仰によって、どれだけ幸福になったか。
- 【好きな教科】
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そして私もまた、そのなかの一人である。信仰は信じがたいものであった。
しかし、その不信というものが壊れてしまうほど、私は多大な功徳を受けた。幸福になった。人間革命も、少しはできたと思っている。
今の私には、ほとんど不安というものがない。信仰があるから、私は毎日を楽しく感じるし、死後の心配もない。
一歩前進できたと思っている。
- 【嫌いな教科】
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この仏法はとくに、「変毒為薬」といって、毒を薬に変える力がある。
たとえば、ふつうの人にとって悩みは「マイナス」だ。それを解決すると「ゼロ」になる。ところが、悩み(マイナス)が信心にかかると、幸福(プラス)の結果が出てくる。苦しめば苦しむほど、それ以上の幸福、歓喜、境涯革命が出来るのだ。
仏法の「素晴らしさ」は、ここにある。
- 【好きなテレビ番組】
-
日本だけでも、何百万人もの人たちが、創価学会の信仰によって幸福になった。
過去は、社会のどん底の人たちが明日メシが食えるかという状況のなかで、学会に集まった。世間は、その姿を「貧乏人と病人の集まり」と笑った。しかし、半世紀たった今、貧乏人は裕福になり、病弱だった人は健康にあり、弱かった人が、強くなり、創価学会自体も、社会の各分野に広がり、世界的評価を受けるようになると、マスコミの反応は「カルト」「権力」「亡者」という言葉に変わった。
- 【好きな映画】
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そう。世間などというのは、なにも知らない。今、創価学会に批判的な人がいるかもしれない、そういう人たちが多い社会だ。しかし、正義は必ず最後に尊敬される時代に入る。いや、入りつつある。創価学会というのは、昔から批判しかされていなかった。評価してくれる人など、「ごくわずか」であった。しかし、現在は、世界(アジア、アフリカなど)のほとんどの国々から、平和を実現していく民衆団体という力強い評価が得られるまでになった。
- 【好きな本】
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幸福になれる方法。仏法の信仰。
これを「命がけで」広めたのは、だれか。
「命を捨てて」戦ってくれたのは、だれか。「私利私欲を捨てて」叫んでくれたのは、だれか。平和のために、世界への足ととめなかった指導者は、だれか。対話をやめずに、世界を結び付けようと行動し続けた人は、だれなのか。私たちに、「恐れるな」と励ましてくれた。苦しんでいる自分の心に、希望の火をともしてくれたのは先生だ。勇気を教えてくれた。確信を教えてくれた。人生のすべてを教えてくれたのは、池田先生である。
- 【好きなスポーツ】
-
戸田先生も、そうだった。いつも「庶民の味方」であった。庶民のなかに飛び込み、庶民とともに歌を歌いながら、「一人ひとりが幸福になれ」と指導してくれる人だった。池田先生も、おなじだ。だから、権力に立つ人間に対しては、厳しかった。権力の魔性には、気をつけろと叫び続けていた。だれもが、幸福になるために。政治、経済、教育、すべて「人間の幸福」が目的だ。それを根底から実現させていくのは、宗教である。
- 【好きな音楽】
-
「悲観主義は、敗北者の論理である」池田先生。
仏法のなかに、悲観はない。絶望はない。生きているかぎり、「もうダメだ」ということは絶対にない。どんな不幸な状況でも、あきらめる必要は絶対にない。
「生きている」。それだけで希望はある。いや、苦しんでるからこそ、多くの人に希望を与える生き方が出来る。素晴らしい、偉大な、価値ある人生を歩める。苦しみが深ければ深いほど、自分の生命も変わっていく。「幸福の宮殿」を築くことができる。今、苦しい人がいるかもしれない
- 【好きなブランド】
-
本当に「どうしようもない苦しみ」(地獄界)を背負ってる人たちに、私は声を大にして叫びたい。仏法を実践する以外に、絶対に解決の道はない。順調であろうと、いつその幸福が崩れるかわからない。「永遠に崩れない幸福」を築くには、信仰しかない。創価学会しかない。まして、深い苦悩を解決していくには、なおさらだ。
- 【愛用の香水】
-
どうして人は「悩む」のだろうか。
動物は苦しむことはあっても、悩むことはない。未来のことを心配することもない。
まして「死」を自覚することはない。
しかし、人は、そうではない。なぜか?
それは、常に心のなかから「求めている」からである。心の底で、本当に意義ある人生とは、なにか。
お金でもない。地位でもない。
それ以上に、もっと素晴らしい人生があるはずだ、と。「永遠に前へ進む」がゆえに、「永遠に悩み続ける」。
生きているかぎり、悩みと決別する日は、永遠にない。
- 【好きな花】
-
生きているかぎり、悩みは尽きない。煩悩は次々と出てくる。
自分という存在、死という根本問題を「なにひとつ」解決できないでいて、どうして今世で幸福になれるのか。
仏法は、この闇に隠されていた生と死の問題を解決した「太陽の法」である。
悩みは、むしろ「幸せになるため」のご飯である。悩みがあるということは、そのぶん、幸せになれるということだ。
- 【好きなゲーム】
-
だから信仰とは、「苦から逃げる」ことではない。「楽をむさぼる」ことではない。
また自分だけの幸福を願うものでもない。
苦しみに打ち勝ち、はかりしれないほどの幸福感をつかむことだ。大聖人さまのお言葉「法華経の行者の祈りが叶わないことは絶対にない」。
叶わない願いなど、皆無である。
「一番いい方向へ」
「願ったどおりに開けていく」
- 【愛車】
-
生命と宇宙は一体だ。自分の生命の一念(強く願うこと)は、宇宙のすべてを包み込んでいる。だから「強く思った」ことは、全宇宙に影響を与え、良くも悪くも、その方向へと進んでいく。
信心とは、希望を現実のうえで「成就」することだ。
悲観主義者の未来は、不幸。楽観主義をつらぬく人の未来は、勝利だ。信仰とは、「絶対の楽観主義」をつらぬくことではないだろうか。強く、強く、明るく生きていくことではないだろうか。また、そういう「強い命」をつくってくれる。
- 【将来の夢】
-
だれの生命にも、「仏の生命」(仏界)がある。それは、生きていること自体がうれしくて仕方ない。どんな苦しみも、喜んで乗り越えていける。最大の自由、最大の歓喜を味わいながら、生と死をこえて、永遠の旅人として、この大宇宙を遊んでいける。生まれたいときに、生まれたいところに、生まれたい姿で、生まれることができる。これが、仏の境涯です。これが、大聖人が万人のために開かれた仏法です。
果たして、それが本当なのかどうか。
これは「自分で試す」以外にない。
- 【好きな動物】
-
仏界。生命そのものが歓喜に燃えている。
幸福は、環境で決まらない。自分の「命」で決まる。リストラされても、未来に胸をときめかせている珍しい人もいる(笑)。
安定職についていても、毎日ダラダラ、むなしく生きている人もいる。幸不幸は、あくまで自分で決まる。その「自分」というものを最大に強く、大きく、根底から人間革命した姿が、仏ではないだろうか。
- 【休日の過ごし方】
-
人間は、みなダイヤモンドの原石だ。原石は、一見すると、そこらへんの石ころと変わらない。しかし、「磨けば磨くほど」輝きが増してくる。どんどんキレイになっていく。永遠の輝きを放つ。そして、だれにも壊されない。
「仏界」というダイヤモンドの輝きは、自分の胸のなかにあるのだ。自分の胸のなかに、無限の光の海がある。太陽の光がある。だから、人間というだけで、素晴らしい可能性を秘めた尊極の存在だ。
だれもが「仏の子」
- 【尊敬する人】
-
「人間は生まれながらにして死刑囚」
人は、みな未来の準備をしながら生きている。しかし、現代人は絶対確実な「死」をどう迎えるかに関しては、まったく考えていない。ゴールを見ないで、走ってるようなものだ。死を見つめることで、生が充実していく。死があるから、この一生を全力疾走できるといえる。そして、その「死」という瞬間に、自分の人生の総決算がされていく。価値が決まっていく。
- 【今一番欲しいもの】
-
池田大作名誉会長。世界の民衆から「センセー!」と呼ばれ、賞賛されてる人である。そして、熱心な創価学会員は、「先生のために」という言葉をよく使う。
先生、先生、先生。とにかく先生を連呼して、周囲からみれば、「ちょっとおかしい」と思われるところがある。
- 【今一番行きたいところ】
-
しかし、池田名誉会長は、「神」でもない。「仏」を自称したこともない。また、雲の上にいるようなおごそかな聖人ぶった存在でもない。つまり、宗教的特別意識は、まったくない。たしかに、池田先生はすごいと言われる。なぜ、すごいのか?
- 【今一番やりたいこと】
-
簡潔にいえば、この方こそが、本物の仏法を、命がけで広げてきた人だかだ。家庭も捨て、財産も捨て、私利私欲といえるなにもかもを捨て去り、それでいて「凡夫の姿」で一生懸命に、血を吐く思いで仏法の命をささげてこられたからだ。
- 【よく使う路線】
-
そして、その姿によって、多くの青年が立ち上がった。多くの青年が、「この人に続こう」と立ち上がった。こうして、創価学会の波は広がっていった。人類の闇を照らす太陽の仏法が大きく広がっていった。
- 【よく遊ぶところ】
-
池田先生がよく言われていた。
「信仰とは、観念論(イメージ)ではないよ」と。今まで語ってきたことが、無宗教者にとっては、夢のなかの世界、あるいは現実離れした世界に聞こえたかもしれない。
しかし、まさに「想像を絶するような」幸福が、胸のなかにある。人間がもつはかりしれないパワーがあることを認め、そのパワーを「現実に」「簡単な修行で」出していけるようにしたのが、日蓮大聖人さまであり、現在でいえば、創価学会であると断言できるのだ。
- 【..足跡】
- ゲストブック(BBS)
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